親鸞
Shinran
1173年 〜 1263年 (90歳)
鎌倉時代の僧。阿弥陀仏の力にすべてを委ねる他力の信心を説き、浄土真宗の祖とされる。 生没年・人生の出来事を出典と確からしさ付きの年表で。
人生タイムライン
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1173年 推定
京都の日野で、下級貴族の家に生まれる
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1181年 8歳伝承
9歳で出家し、比叡山に登る
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1201年 28歳
比叡山を下りて法然の門に入り、専修念仏の教えを受ける
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1207年 34歳
承元の法難で念仏が禁じられ、越後に流罪となる。以後みずからを非僧非俗と称した
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1214年頃 41歳推定
関東に移り、常陸を中心に20年ほど布教する
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1224年頃 51歳推定
主著『教行信証』をまとめる
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1235年頃 62歳推定
京都に戻り、著述と手紙による教化に専念する
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1263年 90歳
京都で没する(弘長2年11月28日)
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13世紀末 没後27年
曾孫の覚如らによって教団が形づくられ、のちの浄土真宗となる
補足: 「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」で知られる悪人正機は、弟子の唯円が記した『歎異抄』に伝わるもの。没年は和暦の弘長2年をそのまま置き換えて1262年とする資料も多いが、没日(11月28日)は西暦では1263年1月にあたる
出典
肖像: Wikimedia Commons / Kosigrim at English Wikipedia (Public domain)